歌語連(ウタガタリ・ツラネ)(リアクション5)

歌語連(ウタガタリ・ツラネ)

p.5~5

ページ5

 寝子島クラシック同好会の主催者である花咲夫妻の家の倉庫から、一枚の楽譜が見つかった。『ヴァイオリン二重奏・水底より』と題されたそれを手渡され、篠崎 響也が真っ先に思い浮かべたのは、神嶋 征一郎の存在だった。
 譜面を何ヵ所か写真に撮って彼のスマートフォンに送ると、間を置かずに返信が来る。
『なんだよ、こいつは?』
 響也は挑発するように、『弾いてみないか?』と送った。今度は返信が来るまでにしばらくの間があった。
『自分とてめえならいけるだろう。やってやる』
 ぶっきらぼうな文面から、響也は立ち昇る闘志のようなものを感じた。
 『水底より』は一見してそうと分かる、明らかな難曲だった。譜面をそのままなぞるだけでは、ものになるとも思えない。
 だが、征一郎との二重奏なら、どうか。
 神嶋とならいける。響也はそう感じた。征一郎も同じように感じたからこそ、ああいう書き方になったのだろうと、響也は思った。
「待たせたな」
 征一郎が現れる。響也を見据える眼差しに迷いはなく、すでに『水底より』の音の世界を掴んでいるようだった。
 かなわないな、と響也は思う。俺の中ではまだ、『水底より』を解釈しきれていないのに。
 でもいつかは超えたい。いや、超えてみせる。
 そう身を引き締める思いで、響也は征一郎に対峙した。
「足、引っ張るんじゃねぇぞ」
 響也は黙ってうなずく。その内心を見て取ったのかどうか、実際の譜面に目を通しながら、ぼそりと言った。
「因果な曲名だな」
「『深海』か?」
「ああ」
 征一郎が初めて他人に――響也に手渡した自作曲のタイトルだ。今目の前にある『水底より』とは、曲調こそまるで違うが、その旋律から来る、奥の見えないほど深い水の色だけは、どこか似ている気がした。
「演ろうか」
「よし」
 二人のヴァイオリニストは、愛器を構えた。
 水底から届くような遠く深い調べが、二人の手から溢れ出した。
 気持ちが良い、と響也は感じる。水底を見透かすような感触に陶然となりながら、それでも目と手は、必死で征一郎の演奏を追う。
 『水底より』を弾き終えると、征一郎が言った。
「つまんねえミスすんな。もう一回だ」
 みなぎる思いに、響也も応える。
「そうだな、もう一回」


イメージソング 『オー!リバル』

あとがき


小萩です。ご参加ありがとうございました。
今回は参加者さんにとっても無茶振りだったと思います。でも、意外とあるものですね?
なるほどなあと思いながら、イメソンを聴いて歌詞を眺めていました。ふふー。
それでは、またの機会がありましたら!

p.5~5

  • 最終更新:2018-02-22 22:20:47

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