故・本条小萩さんを偲ぶ会(リアクション)

故・本条小萩さんを偲ぶ会

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「もう4年、かぁ」
 人のまばらな「故・本条 小萩さんを偲ぶ会」の会場を眺め回して、響 タルトはつぶやいた。死去した当時こそ多くの生徒や関係者が集まったものだが、去る者は日々に疎しという事だろうか。会の参加者は年々、減っていた。
 ――でも僕は、小萩ちゃんのこと、忘れないよ。
 亡き元クラスメイトへの思いを胸に、タルトはくっと勢い良くビールを呷る。寝子島高校在学当時から大きな変化は遂げていない彼女だが、飲酒が許される年齢まで成長したのは、さすがに4年間の歳月を感じさせた。
「よう、にゃんこたん」
 こちらも在学当時から大きくは変わっていない鎌八 まもるがタルトを見つけ、声をかけてくる。
「ムッシュくんも来てくれたんだね」
「ああ、にゃんこたんがいるところならどこでも駆けつけるさ。オレはにゃんこたんの騎士(ナイト)だからな」
「だからそれはストーカーだってば」
 タルトは苦笑する。一方まもるはけろりとした表情で、
「今さらだけど、ぬーちゃんとは仲良かったのか?」
「ぬーちゃん?」
「ほら、彼女いつも『ぬー』って言ってただろ? だから『ぬーちゃん』さ」
 地元のアマチュアサッカーチームに所属しているまもるが、チームメイトに変なアダ名を付けていないか、タルトはたまに不安になる。
「ああ、うん、クラスメイトだったからね。寮も同じ桜花寮だったし、ネコミケ前は一緒に徹夜作業なんかもしたっけなぁ」
「彼女もBLを描いてたのか?」
 中身はいまだによく分かっていないものの、環境のせいで、BLという単語だけは頻繁に耳にするまもるである。
「ううん、小萩ちゃんはノーマルだったから。小萩ちゃんのことだから向こうでもバリバリまんがを描いてるんだろうな。多作な人だったからねー、僕も見習わなきゃ」
 小萩は、たった一つの物語を、飽きる事なくひたすらに描き続けていた。魔法少女まんが『スーパーレジェンド伝説ko-ha-gy』は、無辺に広がり続けたまま、小萩の死と共に永遠の未完作品となった。
「……今でも冗談みたいだよ、そのへんから『ふふふ』って顔を出しそうで。小萩ちゃんだけ年取らないなんてずるいよねえ」
 自分たちは多少なりとも大人になった。けれど小萩は、あの日以来、16歳のままだ。そう思うと、やるせなさがこみ上げてくる。
「そうか。オレは、彼女とそんな親しくなかったんだけど」
 今のタルトの表情を見て、その先を言うかは少しためらいがあった。けれどまもるは、「ぬーちゃん」とのフツウでない思い出を、口にした。
「地獄で悪魔相手にバドミントンした時はペアを組んだんだ」
 静かに口を結んでいたタルトが、吹き出した。成功だ。
「何さ、それ」
「信じてないのか? ホントだって」
「あは、信じるよ。あの頃はフツウじゃないことだらけだったから。僕は猫に変身できたし、ムッシュくんはクモに変身できた」
「ああ、そうだった」
 神様、超能力、異世界に天使に悪魔。あの頃の寝子島は、フツウでない物事であふれ返っていた。タルトもまもるも小萩も、何度となくそれらに巻き込まれたものだ。
「懐かしいなー、ぬーちゃん触手にやられて楽しそうだったよ」
「ムッシュくんは?」
「オレはスパイダースパイダーがあったからな。もちろん勝ったさ、楽勝楽勝」
「ふーん、そのときに悪魔に魂を持ってかれちゃったのかなあ。その悪魔に会えたら文句言ってやるのに!」
「文句なら、そうさな、こいつに言ってみたらどうだ?」
 まもるは腰のキーホルダーを示してみせた。黒々とした一房の毛が結ばれている。
「何それ?」
「戦勝記念品の悪魔のポニテ」
「何持ってきてるのムッシュくん」
「ほれ、言いたいことは言っちまいな」
 鼻先に突きつけられたそれを見て、タルトはにっと笑った。
「ちょっと召還してみようよ、魔方陣描いて」
「悪魔を?」
「違うよー、小萩ちゃん!」
 まもるは笑みを返す。
「いいな、にゃんこたんの発想には恐れ入る。そこまで荒唐無稽な思考はオレにはない」
「悪魔からポニテもらってくる人に言われたくないよーだ」
「いや、褒めてるんだよ。やってみよう、やっても損にならん事はやるべきだ。それで彼女が還ってくりゃめっけもんだ」
 そう言ってまもるは、ばちりとウィンクを決めて見せた。

 開会時刻から少し遅れて、日暮 ねむるは会場に着いた。見知ったタルトとまもるの顔を見つけ、声をかける。
「いや~、遅くなってごめんね、バイト長引いちゃってさ」
「あ、ねむるくん」
「ねむるじゃないか。元気にしてたか?」
「あはは、こっちは体が資本だからね。健康には気をつけてるよ。お二人も元気そうで、何よりだ」
「オレだって一応、まだプロリーグを狙ってるからな」
「あぁ、さすがは体育科の出身だね」
「普通科のねむるが、プロボクサー目指したって方が驚きだよ」
「色々と思うところがあってね。この前、プロテストに合格して、やっと4回戦の試合に出れるようになったんだ」
「すごいじゃない!」
「プロ、なぁ。ま、オレもいつかはそうなるんだろうけど」
「覚悟しといたほうがいいよ、思ってたよりずっと過酷な世界だったから」
 憧れだけで続けられるような生半可な世界ではない。耐えきれずに去って行った先輩や後輩もいる。しかしねむるは違った。
「けど、充実はしてるよ」
「男同士の世界って、それだけでときめくよね!」
「う~ん、それはちょっと違うような」
「ん? プロになってもバイトはしてるのか?」
 まもるが聞いてきた。
「あはは、プロテスト合格なんて、ほんの入口だよ。ボクシング一本で生活できるようになるまでは、まだだいぶ時間が必要だと思う。けどバイト先の居酒屋さんでまかないご馳走になったりしてるし、生活には困らないかな。相も変わらず寝不足だけどね」
「居酒屋だと夜遅いから、しょうがないよねー。僕の場合、原稿描き出したら昼も夜もないから、ハイになって眠れない」
「にゃんこたん、ちょっとは美容にも気を使えよ?」
「うっ、うるさいよ!」
「ちなみにオレはスポーツマンらしく早寝早起きだ!」
「まもるくんらしいなぁ」
「スポーツはメンタルが大事だぜ」
「そうだね」
 それは否定しない。できるはずがない。
「僕も寝子高に通ってた頃に、非日常な体験を沢山したけど、その時の経験がプラスになってるのかな」
 ねむるがそう言うと、タルトとまもるが顔を合わせて、いたずらっぽく笑った。
「ねえ、ねむるくん」
 まずはタルトが。
「何?」
「オレたちが今、そのフツウじゃないことをもう一度やろうとしてるって言ったら、どうする?」
 続けてまもるが言う。不意に胸が高鳴るのを、ねむるは感じた。
「どういう、ことかな?」
 表面上はあくまでも、興奮を示さずに。まずは現状を確認する。
「小萩ちゃんを召還するんだよ」
「そんな……。第一、どうやって?」
「鍵はコイツさ」
 まもるが自信たっぷりに、悪魔からもらったというキーホルダーを差し出して見せた。
「ムッシュくんのキーホルダーを使ってさ、あとは呪文と踊りと魔法陣くらいあれば、なんとかなるんじゃないかな?」
「……確かに、フツウじゃないね」
 それがねむるの正直な感想だった。
「何だよ、乗らないのか?」
 寝子島高校時代はフツウでない事が周りにあふれていた。しかし本土に渡ってからは当然、そんな事態とは縁が切れていた。すべてがフツウの域を超えない世界。それこそが本来あるべき姿なのだと、分かってはいた。だからこそ。
「乗るよ」
 あのフツウでない時間を、もう一度だけ。
 ねむるは力強くほほえんだ。

 三人がフツウでない相談をしている間に、料理が追加されていた。食べながら三人は相談を続ける。
「さすがに会場に魔方陣書いたらまずいかなー?」
「中庭でやれば文句言われないかもな」
「えっと、そもそも魔法陣なんて書けるの?」
「うん? 大事なのはハートだよ!」
 タルトの答えは非常に不安な内容だったが、その割に本人は自信ありげだった。
「本条さんも、そういう自信はすごい人だったよね」
 今回の主役を、改めてねむるは思い出す。
「自分はすごい!って強い信念が一本備わってたというか。僕なんかは今でも色々迷うことも多いから余計そう思うよ。全く、敵わないよなぁ……」
 ねむるが小萩と初めて出会ったのは寝子高祭の日だった。ねむるたちのクラスは、男子が女装し女子が男装する「あべこべ喫茶」を出店した。そこに小萩が現れ、エオニズムについて説明を始めたのだ。当時のねむるは面食らうしかなかった。
 周りの目をいっさい気にしない、良く言えば天衣無縫なその姿は、そのわずか半年後の急死など、微塵も予感させなかった。
「ねむる、大事なのはメンタルだぜ?」
 まもるがまた言った。実際にまもるが、好きなものを好きと言い切れるのは、メンタルの強さの表れなのかもしれない。
「デザートまで全部食べたら中庭行こうよ」
「にゃんこたん食い過ぎじゃないか?太るぞ?」
「小萩ちゃんの分まで食べるの!」
「ハハッ、ぬーちゃんの分までか。いいこというな」
「生贄じゃないけど、料理を供物として持って行ったらいいかもね」
「おっ、ねむるナイスアイディア! それにしよう!」
 大きめの皿にメニューを一通り、こんもりと盛って、三人は中庭に向かった。

 中庭には誰もいなかった。タルトは落ちていた木の枝を拾い、魔法陣をイメージした図形を描く。タルトが中央に小萩の似顔絵を描いてから、まもるがキーホルダーを、ねむるが料理を、そこに供える。
「悪魔さんよ。こいつ返すから、頼むぜ」
「よし、呪文となえるからムッシュくん踊ってよ」
「あの、呪文とか踊りとかも?」
 ねむるの質問には予想通りの答えが返ってきた。
「全部ハートでカバー!」
 腰と腕を横に振るサッカー界でおなじみのダンスを踊るまもる。
「ギーハーコークッバムカ、ギーハーコークッバムカ!」
 わかりやすい呪文を唱えるタルト。
「さて、僕はどうしたもんかな……?」
 どちらの領域にも入れずにねむるが戸惑っていると、
『ねむるさんっ! 小萩を呼ぶ気あるんですか!?』
 4年ぶりに聞く声が、ねむるの耳に届いた。
「えっ、本条さん?」
『はい! 小萩です!』
 晴れやかな笑顔でそう答えたのは、記憶にあるままの、本条小萩だった。
「小萩ちゃん!」
「ぬーちゃん!」
 タルトとまもるも儀式を中断して彼女に見入る。
「ホントに、小萩ちゃんなの?」
 震え声で確認するタルトに、少女はきっぱりと答える。
『本当ですよ。唯一絶対の小萩です!』
 言う事も確かに小萩だった。まもるが口笛を吹き、
「つまり、オレたちの儀式が効いたってことだな。悪魔のポニテを捧げたかいがあったぜ」
『悪魔?』
「そうさ。ぬーちゃんがバド=ミン=トンのときの地獄の悪魔に呼ばれたんじゃないかって話になって……」
『まもるさん』
「なんだい? 感謝ならにゃんこたんに言ってやりな」
 鷹揚に答えたまもるに、小萩は不満そうな声を挙げた。
『なんで小萩が地獄にいると思ったんですか!? 小萩は天国に行くに決まってるじゃないですか!」
 本当に相変わらずだった。
「僕たちの儀式がキーじゃなかったら、どうして小萩ちゃんがここにいるの?」
『ふふー、実は小萩はもれいびだったんです!』
 タルトの問いに『じゃーん』と口で効果音を出しながら、小萩は生前に使っていたスマートフォンを差し出して見せた。黄色い背景の画面の中央にこう表示されている。

ろっこん名:再誕(リ・バース)
発動タイプ:R型
発動条件:使用者の死後4年以降に複数の人間が使用者を呼ぶ
能力タイプ:特殊タイプ
能力:使用者が現世に召還される

『さすがのウンエイさんも、小萩のこの斬新なシンセイにはびっくりしたみたいで、ナグリアイカイギもずいぶん紛糾したそうですが、最終的にはキョカされました!』
 謎の単語を並べながら、小萩は得意そうに胸を張る。
「えーと、つまり本条さんは、自分のろっこんで生き返ったっていうこと?」
『はいっ! 効果時間が短いですから、あくまで一時的に、ですけどね』
 パラメーターらしい水色のゲージはすべて最低値の1だった。
『あっ、そろそろ時間です。また会いたくなったらいつでも呼んでください!』
 そう言い残して、現れた時と同様、小萩は一瞬で姿を消した。魔法陣の中には、キーホルダーと料理の皿がそのまま残っている。
 試しに三人は、もう一度小萩を呼んでみた。
「小萩ちゃーん」
「ぬーちゃーん」
「本条さーん」
『はいっ!』
 小萩が現れた。
「便利だなぁ」
 誰からともなく、苦笑が漏れる。故人を呼び出せるなら、もう「偲ぶ会」ではないかもしれない。来年からは、フツウでない同窓会だ。

 何度か小萩を呼び出して一通り話をした後、帰り際にねむるが、タルトとまもるを呼び止めた。
「二人に渡したいものがあったんだ」
 そう言って差し出したのは、二枚の試合観戦チケット。
「来月僕がお世話になってるジムの先輩のタイトル防衛戦があってね。前座で僕もリングに立つのでよかったら見に来て。タダでチャンプの試合見れる機会なんて中々ないですよ」
「へえ、ねむるも出るのか。オレもパンチにはちょっとうるさいぜ?」
「男同士の世界だねっ、楽しみ~」
 ボクシングにはあまり縁のなさそうな二人だが、だからこそ、生で本物の試合を見て、その魅力に触れてほしいと、ねむるは思っていた。
 生で本物と言えば。
「やっぱり寝子島はフツウじゃないね」
 生で本物の幽霊が、平気で出てくる。フツウを守りたいテオは苦い顔をしているだろうが、やはり寝子島は、そういう島なのだ。

【終】

あとがき


 小萩です。ご参加ありがとうございました。
 今回はしんみり思い出話の予定だったのですが、集まったアクションの結果、こんなお話になりました。これはこれでよかったと思います。
 《再誕》の第6のパラメーターを「使用回数」にしておいて、1回しか呼び出せないエンドも考えたんですけど、小萩と一緒にスマホが消えてしまうと第6のパラメーターを確認する手段がなくなるので、やめました。
 それでは、また機会がありましたら!

p.1~1

  • 最終更新:2016-10-07 21:46:24

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