休憩時間。トークタイムである。ゲーム後で場も温まり、話す話題もある今回。そろそろお目当ての人物も定まってきたところか。
王様ゲームで大胆な事や恥ずかしい事をしてしまったりしたのが、お互い妙に親近感が沸いたといのも功を奏したようだ。既に何人かはグループ化しているようで。
「それでもあたしよりは絶対できてるって! 家にカップ麺の容器ずっと放置とかしないっしょ?」
「まぁゴミはキチンと捨てるかなぁ。家事はお父さんがダメ人間だから、母親と分担してやってる感じ。料理は全然ダメだけどそれ以外なら貢献できるしねぇ・・よければ今度掃除手伝いにいきます?ごみ捨てぐらいなら役立てそうだし」
いつの間にか、万里とねむるが話が弾んでいる。なぜか、ねむるは万里がそれほど嫌ではなかった。
う~ん小野田さんて本当に僕のお父さんそっくりだなあ。個人的にはお話しやすくて助かってるけど……もちろん恋愛感情は全くない。だから親しくして万里さんに勘違いさせても悪い。まあでも、万里さんは大人の女性だし、僕に本気で恋愛するはずもないか……やだなあ、僕ったら自意識過剰だなあ……。
万里は本気である。ねむるはまだ理解していないようだった。
「小野田さんは独り暮らしですの?」
という、朱乃の質問。さっきから話をきいていて、同居人の気配を感じなかったので、聞いてみた。まだ中学生の朱乃は、庭師の父とパートで働く母の庇護のもと暮らしているので一人で生活している万里が随分大人に見えたりした。朱乃は率先して家事を手伝う娘であったが、だからこそ家事の大変さは理解している。料理だけがどうも上手に作れず、毎日おいしい料理をつくれるお母さんはすごいなあと、心底尊敬していた。朱乃のお料理、見た目はおいしそうだと言われますのに……。
「えー、あたしー?まーひとりだけどー。いつまでも家族の脛かじってるわけにもいかないじゃーん」
「凄いですの。私だったらきっとすぐに寂しくなってしまいますわ」
と、まだ親離れできていない自分を恥じるように朱乃は言った。
「まーねー」
万里はそっけない返事を返した。今回ばかりは美少年相手じゃないから手を抜いている訳でもなく。朱乃の言葉になーんとも言えない感情を刺激されたからだ。
さみしくなかったら、こんな場所こねーよ。
なんだか、いっきに、自分の言動までもがさみしくなってしまった。
……うん、でもあんまり完璧な女って雰囲気になっても敬遠されるだけだし、これくらい弱点見せた方がいいっしょ。それに同棲したらどーせバレるんだし、嘘吐いても不和の原因作るだけよね。そうそう、だからこれでいーのよ。
「もっと万里さんの事聞きたいですわ」
朱乃は万里の事を、大人の女性として少し憧れているようだ。話も面白いし、働いてるし、一人で生活してるし、純粋に羨望と畏敬の念を抱いていた。
「僕も万里さんの私生活に興味があるなあ」
先ほどまで少し離れて眺めていた紫鶴も朱乃に賛同の意を示すかのように言った。
朱乃の純粋な憧れとは違い、紫鶴はまるで珍獣でもみるかのような面持ちだった。彼の周りにいた大人はいつも張り詰めている雰囲気や、自分を着飾る人間が多かった。体面を守ることに関しては何よりも得意だった。この小野田万理という女性は、そういう所が一切ない。というか自らの不出来を隠し切れていない。ここまでだらしのない人間でも30数年生きていけるという事実が驚愕であった。自分の兄はただ身体が弱いだけではないか。
「えー?あたしのハナシ、そんなに聞きたい?んじゃーきみたちに話してやろーかーなんでも聞きんしゃい」
酔いのせいもあってわりとノリノリの万里は、人生の大先輩よろしく胡坐を掻いて子供たちの質問を待ち受け状態である。
「小野田さんはお料理できますの?よろしければ教えてほしいですの!」
「え、んじゃー。まずカップ麺を用意します。蓋を開けます。お湯を注ぎます。3分待ちます。はい、出来上がり。これっしょ?」
「小野田さんは冗談がお上手だなあ」
まさか本当にこれが料理だなんて思っている訳ではあるまい……?だとすれば社会生活が遅れてる事自体が奇蹟なんじゃないかこの人……。紫鶴は半信半疑になってきた。
全くの未知の領域に足を踏み入れてしまったのではないかと、得体の知れない生命体に遭遇した時の、恐怖と好奇心が入り混じったような気持ちで万里を見ていた……。見ている分には退屈はしなさそうであったが。
そんな中学生二人を見ながら、想一は甥っ子を想い出していた。
アタシの姉さんがもう結婚して子供もいるのだけど、丁度甥っ子が今がそれくらいの年なのよね。年の割には少しおとなしいのかしらね。まあ、あまり活発じゃないのは、別の原因もあるとは思うのだけど……。
まあ姉さんからしたら、心配なのはアタシの方ね。さっさとお相手を見つけなさいって言われてるんだけどね…難しいものね。けっして女性が駄目だとかじゃないんだけど、この喋りだからややこしくさせちゃてるのかもね……。
なんて言ってるアタシが、積極的じゃないものねえ。間を取り持つのは得意だけれど、どうも自分から飛び込んでいくのは苦手なのよねえ。そんなアタシも学生の頃はちゃんちゃしてたのだけど……。ガラスに出会ってなかったら、今頃アタシどうなっていたのかしら……。
などと昔の事に想いを馳せながら、会場を温かく見守る想一であった。
「楽しんでるか?青年?」
ぬっと、想一の隣に現れたのは、マグロであった。手には丼ぶりを持っている。
「ええ、まあ。こういうの、久しぶりでなんだか懐かしさの方が勝っちゃったのかしら……アタシより若い子もいるし、そっちの方が気になるのもありますわね……」
マグロさんは大きな声で、勢いばかりの変なイメージがあるが、1対1で話してみると年齢相応の人物だと分かる。周りをよく気にしている想一ならではの観察眼で、マグロさんが自分と同じような目線で周囲を見ているのだと時々思わされる。
「ええ、楽しんでますわよ。マグロさんも楽しんでらっしゃる?」
「ガハハハハ、もちろんだ!」
逆に気を遣われしまったようだ。大人同士というものは難しい。俺様なんかは「楽しそうだ」と言われてしまうからな、楽しんでるか?なんて聞かれるとむずがゆい。社交辞令というやつなのかも知れんが、俺様はそういうのが苦手だ。
「思ったよりも大変な事になってますけど、大丈夫からしら……アタシなんか振り回っされぱなしで……マグロさんは色んな方に接触的に話しかけてて、見習わないといけないですわね」
「たまには振り回されてみてもいいと思うぞ!俺様からすれば貴様もまだまだ若い!充分エンジョイしたって誰も文句は言わん!いや文句を言う奴は俺様が三枚に下ろす!!」
マグロさんは一体いくつなのかしら……想一は思う。しかしその事を差し置いても、自分はまだ24歳だ。確かに年齢の割には落ち着いたきらいがある。そうね、はめぐらい外さなきゃね。
「まあだが無理はするなよ?なんでも義務でやるもんじゃねえ。自然体が一番だ!この俺様のように、なッ!魚は新鮮さが売りだからな!!という訳で、コイツでもどうだ?」
ものすごく自然な流れで想一の目の前に差し出されたのは、今マグロが手に持っている丼と同じもの……だろうか。
「俺様特性、『寝子丼』だ!よかったら、どうだ?」
想一が興味を持って確かめてみると、丼で、ご飯の上にマグロとアボガドが乗っている。
「寝子丼……あら、マグロさんお手製なの?凄いじゃない。頂いてもよろしいの?」
お世辞ではなく、本当にすごいなと、思ったのだ。クーラーボックスに入れてちゃんと衛星管理してあるし、今まで少しも見せびらかす事がなかったところも、強引なように見えて空気が読めるんだなと荒めて感心した。その場の取り繕いでは隠せない素。それが垣間見えるのも合コンの良い所である。良く見せようとする裏の、自然な性質を見極めるのも、合コン経験者の技術である。普段から一歩引いて人を見る想一の癖の部分が大きくはあるが。
「せっかくだから、これ、みんなで食べましょうよ。全員分あるんでしょ?」
想一の申し出に、おお、と驚きの声をあげるマグロ。
「いいのか!?これ、実は王様ゲームの命令用に用意したんだがな、ま、俺様が王様になる事派なかったがな。寝子島では俺様はキングだからな……ハッハッハッハッハ……!」
腰に手を当てて、高笑いをするマグロ。その声に会場の数人が振り向いて。
「あ、マグロさん、何食ってんの?お、俺様ちゃんちょうど腹減ってったんだよなーそれも一個ないの?」
お祭りごとの火付け役、雷一がさっそく興味を示し。
「あら、マグロさん特性ですの?私も気になりますの」
朱乃がひょっこり覗き込むと、一緒に話していた紫鶴もおややと、一瞥する。
「マグロさんがみんなのために、オリジナルメニューを用意してくれたのよ」
想一がそう後押しする。
「えー?マグロ男が作ったのソレ?てか共食いじゃなくない?」
万里のつっこみに確かにと、マグロさんが勢いよく笑うと、みんなも楽しくなって全員が集まって来た。
「あ、普通においしい」
素の感想を漏らすねむる。“普通に”というのは余計だったかもしれないが、おいしいという部分を撮って欲しい。あ、そうだ。ねむるは唐突に思い出す。
「あ、ほら、緋紅朱さんも」
隅っこに居る赫乃にも、彼女の分を持っていくねむる。離れたところで大人しそうにしてたのがずっと気になってた。僕自身がテンパってて、ちゃんと話かけられなかったけど、今やっと。
「……ありが……とう」
ねむるの好意を、控えめに受け取る赫乃。なんだかいつも、どこか申し訳なさそうで。
「ちょっと、となり、いいかな?」
緊張気味に、ねむるは声を掛けてみた。僕が勇気を出さないと、きっと彼女だって。1秒にも満たない、無言の時間。七夕の時の緊張感に少し似て。
「……どうぞ……」
戸惑い気味の、了承。たった3文字だけど、それはすごい事だった。ねむるにはその一言の重さが理解できた。
「……緋紅朱さんと、話がしたくってさ……少しだけ、いいかな……?」
「……私、で、良かったら……」
「……もっと仲良くなりたいんだ」
異性と付き合うのは、何も色恋だけじゃない。なんとなく横に居て、落ち着ける相手。友達。ふたりとも、好きな人がいて。今はそんな気になれなくて。でも一人じゃさみしくて。
だから今は、友達でいよう。
「アボガドとマグロって寿司ネタにもあるし、結構合うよなー」
蓮太郎にも好評だ。
「音羽さん、どうしましたの?」
微妙に箸に手をつけない紫鶴に、朱乃が不思議そうに尋ねる。
「いやあ、僕はこういうものはあまり馴染みが無くてね……」
「そうですの?じゃあ貴重な体験ですわね!」
あまりに朱乃が嬉しそうなのが、紫鶴に興味を抱かせる。
「確かに。じゃあ僕も頂いてみようか」
優雅に箸を操り、上品に食材を口に運ぶ。
「おいおい、少年!そんな食べ方じゃ腹に入らんだろ!男ならかっこめ!」
マグロさんがずいっと出てきて、紫鶴に熱い視線を送った。
着ぐるみ越しの眼差しをクレバーに相手の機嫌を損ねることなく躱す事なら、簡単に出来た。だけどそれよりももっと面白い事を、紫鶴は思いついた。
そうだ、僕らしくない事をしてみよう。
今まで考えつかなかった発想だ。試してみる、価値はある。
紫鶴は丼を抱え、口に流し込みやすいように傾ける。箸を強く握って、ざざざと、口にかきこんだ。
「え、あの子、あんな事するんだ……まじぃ??」
「ちょっと待てマグロ!あたしの未来の美少年候補に何教えてんのよ!」
唖然とする貴乃子に大慌ての万里、他のものも紫鶴の意外な行動に目を見張る。
ノリというものは恐ろしい。何時の間にやら手拍子が起こって、一同は紫鶴の一気食いに熱狂していた。
完食。してしまった。
こんな醜態、さらした事ない。だがこんな注目のされ方も、またされた事も無い。馬鹿だなと、冷静な自分が自分を見下ろす、異様な感覚。身体の熱は、高揚感か羞恥心か。
「ようし、無礼講じゃーい!」
誰かが言った。
もっと飲め飲め歌えや騒げ。よく分からない熱気とテンション。合コンの終わり際の、締め切り効果も相まって。
……目覚めたら、兵どもが、泥酔中。