■■しないと出られない部屋(リアクション3)

■■しないと出られない部屋

p.3~3

ページ3

 赤い扉がある以外、壁も床も天井も真っ白な室内を見て、岡野 丸美は指先がむずむずとした。閉じ込められた、と思う前に、落描きしたいな、と思ってしまう。丸美はそんな少女である。
『ゲーム・ルームにようこそ!』
 どこからか、調子外れに陽気な声が響いてくる。そこでやっと、丸美は少しびっくりした。
 ふえっ? 何この声?
『今回あなたに挑戦してもらうゲームは、阿波踊りマスターです! 踊れるようになるまで、赤い扉は開きません!』
「阿波踊り!? どっ、どうしてそうなるのぉ?」
 意味不明すぎて、驚きよりも困惑が勝った。
 阿波踊りなんてテレビで見たことしかない。なんだか楽しそうだったけど、けっこういっぱい動いていた気もする。う~ん、体動かすの、ちょっと苦手だなぁ。
 ぺたんと座り込んだまま、ぼんやりとそんな事を考えている丸美をよそに、扉と反対側の壁から大きなテレビモニターが出てきた。笠を目深に被った着物姿の女性が一人、画面の中央に映っていた。
 カランカランという高い金属音(鉦という金属製の打楽器だが、丸美はその存在さえ知らない)に続いて和楽器がリズミカルな調子で曲を奏で始める。囃し声も聞こえてきた。
『えらいやっちゃえらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊るアホウに見るアホウ、同じアホゥなら踊らにゃソンソン』
 曲に合わせて女性が踊り始める。丸美がそれをぼうっと眺めていると、
『さあさ、踊らな踊らな!』
 画面の中から女性が言ってきた。見られていたような気分がして、丸美はあわてて立ち上がる。画面の中の女性を真似て、ぎこちなく手を振ってみる。軽くステップも踏んでみる。
『もっと手に角度をつけて!』
「こ、こう?」
 問い返しても返事はないが、しばらくするとまた注文が飛んでくる。
『ほれ、もっと手を大きゅう振る!』
『指はピッと揃えて!』
『足さばきはこう! よう見てや!』
 一つを直せばほかが抜ける。いくつもの動作が組み合わさって、手足がこんがらがりそうだ。
「もうーっ。見えてるなら返事くらいしてよぉ」
 ふくれっ面でそうぼやいても、そこにはなぜか、何も言ってこない。
『えらいやっちゃえらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊るアホウに見るアホウ、同じアホゥなら踊らにゃソンソン』
 囃し声はあいかわらず賑やかだ。リズムに少し遅れながら、丸美はかくかくと手をくねらせる。ぱたん、ぱたん、と足をさばく。
 画面の女性の華やかさにはほど遠い、もったりもったりとしたその動きは、丸美なりの丸美音頭だった。画面の女性は次々に指示を入れてくるけれど、言われたとおりにはまるでできていない。
 それでも、丸美はだんだんと、楽しくなってきていた。
「えらいやっちゃえらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊るアホウに見るアホウ、同じアホゥなら踊らにゃソンソン」
 囃し声に合わせて、自分も一緒に言ってみる。そうするとなんだか、体が軽くなる気がする。なめらかに動く気がする。気がするだけで、実際には、丸美音頭のままなのだけれど。
「ねえ、そろそろ休憩はー? おやつほしい!」
 少し疲れてきた丸美がそう言っても、画面の中の女性はあいかわらず、踊りの指示しかしてこない。曲も止まらず踊りも終わらない。
 んー、しょうがないや。これってきっと、ダイエットになるもんね。
 前向きにそう割り切って、今は踊る方が楽しい気がして、丸美は踊り続ける。
「同じアホゥなら踊らにゃソンソン」
 画面に向かって、中の女性と一緒に、丸美は丸美音頭を踊り続ける。その背後ではとっくに赤い扉が開いていたが、丸美は気づかずに踊っていた。
「えらいやっちゃえらいやっちゃ」


p.3~3

  • 最終更新:2017-08-15 22:33:00

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