歌語連(ウタガタリ・ツラネ)(リアクション2)
歌語連(ウタガタリ・ツラネ)
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CDショップ『Pioggia d'aprile』の壁に貼られたポスターを眺め、神嶋 綾瀬は表情を曇らせた。ポスターには若手の女性フルート奏者が大写しになっている。
「気になりますか?」
店長の樹雨 蓮太朗にレジから声をかけられ、綾瀬ははっとなる。そうだ、今は臨時とは言え仕事の最中だ。お客様にこんな顔は見せられない。
「それ、外しても構いませんよ」
「えっ、でも……」
「お付き合いのある営業さんから頼まれて、貼ったんですけどね。僕はあまり、そういうの、好きじゃないんです」
知っている。綾瀬は蓮太朗の、「そういうのが好きでない」性分をよく知っている。普段の温和な物腰に似合わず、彼は頑固なところがある。あの頃もそうだった。
「イメージ優先と言うか、まだ技量が不充分なのに、演奏よりも個人を前に押し出すようでね」
彼は音楽に関して、ひどく率直な評価をする。良い点は良いと言い、そうでない点ははっきりとそう指摘する。それは幼い頃の綾瀬に対しても同じだった。
『先生、今の演奏、どうだった?』
綾瀬が蓮太朗にフルートの演奏を聴いてもらっていた頃、そう尋ねるのは綾瀬にとって、とても緊張する瞬間だった。返ってくる言葉が手放しの賞賛である事は少なく、アドヴァイスや、時に痛いところを突く指摘だと知っていても、今度こそはどうだろうと毎回どこかで期待していた。
それはフルート演奏に対する情熱ばかりでなく、蓮太朗への秘めた恋心からでもあった。
初恋だったのだと思う。彼に認められたい思いもあって、綾瀬はフルートを猛練習した。
けれど初恋も、フルート奏者の夢も、実る事はなかった。今の綾瀬は平凡な会社員で、蓮太朗とのつながりも、決してあの頃より濃くなってはいない。おそらくは、この先も。
それでも胸の思いの火は、今も弱々しく、くすぶり続けている。いっそはっきりと拒絶してもらえたら、この思いは晴れるのだろうか。
ポスターをはがして、綾瀬はそっと、蓮太朗の様子をうかがった。
蓮太朗は綾瀬の視線を感じた。レジのパソコンで売上の確認をしながら、内心でそっとため息をつく。そして言えない言葉を反芻する。
綾お嬢さん。貴女は僕よりずっと若いし、魅力的な女性だ。貴女の寄せてくれる気持ちはありがたいけれど、貴女にはもっと相応しい男性がきっといる。だからどうか、良いお相手を見つけて、幸せになってほしい。
はがしたポスターを手に佇立して、自分を見つめたままの綾瀬を見やり、蓮太朗は言う。
「それが片付いたら、休憩に入っていいですよ」
口から出たのは、心の内で繰り返していたのとは全く違う言葉だった。
イメージソング 『ジョバイロ』
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- 最終更新:2018-02-22 22:18:31