合コンへ行こう!(リアクション)
合コンへ行こう!
→p.1~10
ページ1
10月の終わりごろ、秋の深まりを感じさせる冷たい空気。温もりの恋しい季節になってきた。
温泉の宴会部屋の一室で、それは行われようとしていた。
合同コンパ。男女数名が、それぞれの秘めたる想いを胸に、この今戸温泉旅館に集結していた。
これは、かれらの激動の数時間を描いた群像劇である。というのは冗談で、ただの飲み食いしてゲームしてはっちゃけるだけのわちゃわちゃ物語である。
猫島中学校の教室。放課後、すっかり生徒たちは退散し、誰も座っていない椅子が夕暮れの寂しさを引き立てる。そこに白草朱乃がひとり、帰り支度をしていた。
同好会でのフェンシングの練習を済ませて、忘れ物を思い出して教室に取りに来たのだ。
「ふう、うっかりですわ」
忘れ物を鞄にしっかりと入れた事を確認して、ほっと一息。のはずが、慌ただしい音に朱乃は鞄を落とした。
「あー良かったーー!誰かいた!」
「ひあ!?だ、誰ですのっ!?」
驚いて振り向くと、知り合いの姿だった。真正直生。この教室の生徒。つまり、朱乃のクラスメイトだ。いつも快活で直な少年だ。
「あら、真正君。どうしましたの?」
落ち着きを取り戻しながら、鞄を優雅に拾い、直生に振り向く。
「あ!白草さん!丁度いいところに居た!白草さん、合コン行かないかい?」
思わぬ誘いに朱乃はびっくりして、折角拾い上げた鞄を再び落としそうになった。
「合コンですの?中学生が行っても大丈夫なのかしら?」
「大丈夫だよ!親睦を深める会らしいから、一緒に行こうよ!同じクラスなのに、白草さんとはあまり話した事ないしさ!」
あまり話した事ない女子を合コンに誘うのもどうかと思う。合コンが良く分かってないらしい。でも友達を作る絶好の機会。せっかくだから参加しますの。と、朱乃は答えた。
「じゃあ行こう!はいこれチラシ!」
と合コンのチラシを手渡される。順序が逆な気もするが、朱乃は笑顔で受け取った。
合コン……はじめてが多すぎる。
どんな方たちがいるのかわくわくします。皆さんと仲良くできればいいのだけど。
ページ2
同時刻、ガラス工房『Kaleidoscope』。星ヶ丘教会から少し離れた場所にある自然に囲まれたそこは、店主、高鷲想一の自宅でもあった。
「ペアグラスに感謝の言葉やご夫婦の名前をお入れする事もできますわ」
15年目の水晶婚にペアグラスを贈りたい壮年の男性客からの相談だった。
そんな事もできるのかと感心する男性に、簡単なものになりますけど、と謙遜気味に想一は答える。いつもの工房の風景。
満足げに店を後にする男性に会釈をして、さっそく注文の品に取り掛かる。
とそこへ。
「あら、いらっしゃい」
訪ねてきたのは、青山千影だった。
以前ガラス工房で注文を受けた客の一人だった。想一の気さくな挨拶に千影はぺこりと会釈を返す。上品な物腰にかいま見える警戒心が気になるも、相手の繊細な所に深入りするような想一ではなかった。この口調も、親しみさを考えてのあえてのものであったりもする。これで彼が少しでもアタシへの委縮を解いてくれたらいいのだけれど…。もう一度訪ねて来てくれたのは嬉しかった。ガラス細工が気に入ってくれたのかしら?
薄い笑顔で申し訳なさそうに口を開く青山千影から、予想だにしないお誘いを受け、想一は驚いた。
「それって合コンじゃ……」
「ほうです、合コンなんです」
千影は言う。世話になっている温泉旅館のお嬢さんに頼まれた、よければ人を連れて欲しいという。できればイケメンで……。
「まあ、ボクなんかは人数合わせなんでしょうけど、イケメン云うたら高鷲さんの顔思い出したんですぅ……」
あらまあ、そんな。と謙遜しながら、合コンなんていつ以来かしらね……と思っていた。まぁせっかく誘われたのだから、楽しんでいきましょ
「ありがとうございます、青山さん。アタクシで宜しければ行かせてもらいますわ」
日曜日は工房はお休みにしておかないと。アタシも暇してたし、丁度いい機会だわ。
ページ3
九夜山展望台。日暮ねむるは、秋の淡い日光を体に感じながら、日光浴を楽しんでいた。さわやかな風も心地よく、このまま眠ってしまいそうなぐらい。目に薄い膜がはり、目が閉じかかったその時。
穏やかな風が、ねむるをくすぐる。いや、これ風じゃない……。ちょっと息苦しいんだけど。
「うわっぷ!なんだこのチラシ・・」
顔に張り付いた一枚の紙をはぎ取り、なんだろうと目をやると、そこに書いてある文字に寝ぼけ眼が思わず見開く。
「って、え!合コン!?」
幾多もの修羅を潜り抜けて来た日暮ねむるも、合同コンパなる戦場は未経験……というか、まったくの素人、雑魚の一兵卒であった。
「そういやあの子にも言われたっけなぁ、僕は女の子に対して押しが弱いって」
七夕の事を思い出す。その時想いを告げ、僕たちは正式に“友達”になった。あれから僕はまだ、恋愛というものに足を踏み出せていない。
「よし!自分磨きもかねて足を運んでみるか。独身男女の宴・・合同コンパへ!」
少年はいざ戦場へ……
ページ4
「そこのカッコいいお兄さんーちょっとお暇ですかぁー?」
神野マキナが街を歩いていると、目の前には、いかにも染めたようなチョコレートブラウンの髪の女の子が立っていたい。毛先になるにつれ、ピンク色にグラデーションしている。よく見たら他の女の子数人もいた。お友達かな?
「ぼくのことかな?」
“お兄さん”と呼ばれた事は特に否定せず、マキナはそう答えた。
「そうです、えっと、ごめんなさぁーい、あのう、ちょっとお願いしたい事がありましてぇ~」
やたら鼻にかかった声の人だなあ。マキナは思いながらも口にはせず、何だい?と相手を促す。
「ええと~、ちょっと参加して欲しいイベントがあるんですぅー」
と、チョコレートブラウンの髪の彼女が手渡したのは一枚のチラシだった。
「合同コンパ……きみたち、学生さんかな?ぼくは学生じゃないけどお邪魔しても大丈夫かな?」
「中学生以上なら誰でもOKなんです!」
「そうなんだ。何だか楽しそうだね。ではぼくも参加させてもらおうかな」
きゃーっと歓声があがり、女の子たちはやったねと互いの顔を見合わせる。
恋人とは欲しいわけではないけれど、こういうイベントは人数がいた方賑やかだし、きっと楽しい。
なによりも、他の人と知り合いになれる機会でもあるしね。
変わったお菓子なんかあれば、更にいう事無しなんだけど。
ページ5
「合コンに行ってくるよ」
音羽紫鶴の言葉に使用人は耳は疑った。慌てふためく使用人に、紫鶴は送迎の時間と場所だけ告げる。日常に退屈している紫鶴にとって、合コンなるイベントは彼の退屈を紛らわすのに丁度良かった。訳が分からないと心配する使用人の反応も少し面白かった。もちろんただの暇潰しだ。僕に刃許嫁がいるしね。第一僕が本気で恋愛するような相手がいるとも思えない。
学校で合コンに行くという話をしている女生徒が、どんな服を着たらいいだろうと、話しているのを聞いた。同じ1年みたいだけど、そんなに記憶に無いから別のクラスの女子だったと思う。“三夜さん”と呼ばれていたっけ?その苗字には聞き覚えはある。そういった浮いた話が似合わないような地味な女の子。“退屈”を体現したようなその女の子が眼鏡を触りながらおどおどしていたのに、不意の気紛れで声を掛けた。
紫鶴の接近に近くの女子たちは色めきだった。彼女たちに微笑を返す、ここまでは平常通りだ。つまらない日常。三夜星空と呼ばれた眼鏡の女生徒は、紫鶴を見て少し笑った。それは他の女子たちのように、舞い上がっている様子はなくただの控えめな笑顔。合コンも初めてだというし。
「僕も参加して構わないかな?」
えっと、驚く周囲の女子。その反応に少し機嫌を良くしながら紫鶴は極め付けに、小首を傾げて。
「だめかな?」
「だめじゃないと思うよ。中学生以上なら誰でもいいって、お兄ちゃん言ってたし……」
兄がいるのか。僕と同じだ。それは口には出さず、じゃあ、僕もお願いするよと彼女に伝え、その場を後にする。
楽しみだ。何でもそつなくこなせてしまう紫鶴に、初めての体験というのは刺激的だった。それにあまり馴染みのない分野でもある。楽しみだ、僕を満足させてくれるメンバーはいるだろうか?
ページ6
あーだるーい、バイトかー。またクッソみないな客きたらどーしよ……。
小野田万里はコンビニに向かう途中だった。32歳フリーター。独身。恋人おらず。夕方にさしかかかる秋色の街を化粧っ気の無い顔でだらだらと歩く。街路樹の葉は赤く染まり、どこか寂しさをのぞかせる。あと数か月、冬がくれば木々も枯れ、寂しさも一層増すのだろう。
あたしの心も冬到来だわー……。そんな感傷に浸りながら、万里は面倒なバイトから逃避するための妄想に頭をめぐらす。できれば仕事したくない。でもお金がないと生きていけない。
あーあー、空から美少年が降って来ないかなー
お金持ちの聖人のような性格の美少年がいれば、こんな寒い中、妙な時間に(それは起きられないせいもあるのだけど)バイトなんかに行かなくても済むのに……。
ふわり。
万里の頭に影がおちると、柔らかな風と共に何かが降って来た。
もしかして、美少年!?やっぱ、美少年って軽いのか!
それは美少年ではなくチラシだった。
何だ美少年じゃないのかよ。期待持たせやがってとチラシを手に取り見やる万里。
合コンか……。渋い顔の万里。
美少年かどうか置いといて、どーせあんなところはチャラくて自意識過剰なのか頑張っちゃったネクラオタク野郎か意味わからんおっさんばっかりだから期待できないんだよねー……まーいっか、安上がりに飲める機会って思えば。
いっちょこの万里さんが、飢えた男どもに潤いを与えてやりますかー。
……ってあたしバイトあったんだ……げ、嫌な事思い出した……。
秋の風は万里に冷たかった。
ページ7
今日は何の日だって?もちろん、かわい子ちゃんを愛で放題デ―!
というわけで合コンにやってきちゃいました!
と張り切る飛吹蓮太郎。説男くんも俺を誘ってくれるなんて嬉しいなあ!そういえば彼女欲しいとか言ってたっけなあ。
「セーンパーイ!合コンしようぜー!」
会うなりそう言って飛びついて来た皆口説男。蓮太郎的には合コンも説男君もバッチ来い全部受け止める!な勢いで、OKの返事をハグで返した。
「おーどうしたー説男君!合コンか!いいじゃないか!そんなキャッハウフフイベントに俺を誘って大丈夫なのかい?」
自分がちょっと変態すぎるには、自覚している。冷静な時はいけないよなーと思うんだけど、いざかわい子ちゃんを目にしちゃうと、俺のバーニングハートに火が点いて、自分の愛を止められなくなってしまうのだ。
「大丈夫だよ!だってセンパイと一緒の方がオレも楽しいもん!」
相変わらず、説男君はかわいい。
「そうだねえ、俺も説男君とキャッハウフフしたいし、たまには一緒にお酒飲む……なんてのもいいのかもね」
とは言ってみたものの、心臓の弱い蓮太郎はあまり飲めないのだが、そういう男の付き合いみたいなのが出来ないのは少し寂しいような、自分の身体が恨めしいような。
「センパイが飲むならオレ付き合うよっ!オレお酒あんまり……飲めないから!オレンジジュースで!」
「はははっそうか説男君!じゃあ先輩もオレンジジュース飲んじゃおうかな!オレンジジュースで無礼講だ!」
と言いながら後輩の頭を撫でる。俺の気を遣ってくれて言ってくれてるのもあるのかもだけど、説男君マジでお酒苦手そうだからなあ~
つーわけで、飛吹蓮太郎、毎度ながらかわいこちゃんをひたすら口説くのでありますっ!
ページ8
星ヶ丘寮、薔薇園。一面に咲く、色とりどりの、赤、朱、紅。陽の光が朝露を照らし、薔薇たちは一層輝きを増していた。そのどの薔薇よりも、可憐で、美しく、鮮やかな赤を放つ華。緋紅朱赫乃はそこに咲いていた。
その花は少し萎れていた。薔薇は今にも折れそうな繊細さはあったが、生命の活力のようなものは秘めていた。それが、今はどこか陰りはあった。哀しみに暮れる彼女の心を、慰めるものはこの薔薇の世話だった。
その陰りに、誘われるもの。皆口従夢。
絹のような銀髪。深い睫の影に知性と妖しさを宿した瞳。白く透き通った艶めかしいまでに美しい肌。同性でもその色香に身震いするほどの美貌。その顔で天使のような笑顔を振りまき、隙のない端麗な足取で赫乃に近づいて来る。
「おはよう。緋紅朱さん。この薔薇園が、まさか君のものだったなんて」
「おは、よ、う……」
控えめに、目を落とし、赫乃は答える。特に彼に怯えているのではなく、前からこうなのだ。いや、もしかしたら、前よりも人見知りになったのかもしれない。とくに男の人には……。赫乃の警戒を察知してか、従夢は眉を少し顰める。すぐに笑顔を取り戻すと、さらに続けた
「前薔薇を分けてくれるって言ったよね?それで来たのだけれど……ええと、そうだね。僕もこの星ヶ丘寮に部屋を持っている。住んでいる、という程毎日は居ないけれどね。丁寧に育ててあるね、いい香りだ。君からも同じ香りがするね。それとも、きみの香りが薔薇に移ったのかな……?」
「ありが……とう」
俯いたまま、ためらいがちに答える赫乃。薔薇をちゃんと育ててあるという言葉への礼のつもりだが。従夢はふふっと、微笑する。
「こんな美しい薔薇を僕がもらってしまうなんて、勿体無いなあ。本当に良かったの?」
並の女性なら、頬を赤く染めて放心してしまいそうな笑顔。嫉妬深い女性の情熱に火を付けてしまいそうなぐらいの。
「あーら、緋紅朱さん、ごきげんよう」
やや甲高い棘のある声に赫乃は振り向く。鋭い目を尖らせて、高飛車な笑いを浮かべた女生徒の姿があった。彼女は自分が注目されていないと気が済まないタイプで、この薔薇園が話題に上がった時でも、不機嫌そうな顔をしていた。また、何か、怒らせた、の……?赫乃は怯えた目で彼女を見つめる。その目が高飛車な女を更に調子づかせた。
「フン、赫乃さんったら、この間あのお方とお別れしたと言うのに、もう次の殿方を見つけましたの?まあ!可愛らしい顔をして、おやりになるものですわぁ。立ち直るのがお早い事ですのね」
込める限りの嫌味を込めて、見下す赫乃にえぐるように言い放つ。
それが赫乃の陰の理由。哀しい別れ。話し合いの結果。どちらも悪くないのだけれど、それだけど、哀しい。まだ立ち直れないでいた。もうこんなに誰かを好きになる事なんてないんじゃないか。たとえ、好きになったとしても、また別れしまうんじゃないか。もうそんな辛い想いはしたくないし、させたくも、ない。
「……ごめん、なさい……」
胸に色んな思いがこみ上げてきて、それを吐きだすのを我慢して、そう答えるのがやっとだった。もっと言わなくちゃいけないのに。この人は違う。ただのお友達。私は、もう、恋なんてしないかも……。震える声に、涙が混じって……もう、次の言葉が続かない。
「謝る理由が無い」
赫乃を懲らしめてやったと言わんばかりの女の高笑いを制したのは、従夢だった。強く、簡潔に、聞き取りやすく。その声はそう言った。
驚いて従夢の方を見る女生徒は凍り付いた。先ほどの微笑は消え失せて、冷酷にゴミでもみるような無表情。澄んだ美しい声は彼女に淡々と理論を述べる。
「先ず僕は緋紅朱赫乃さんの恋人ではないし今後そうなる気も一切ない。そして緋紅朱さんにどんな事情があったか僕は知らない。知らないうえで意見を述べると、彼女に以前恋人がいたとして、彼女が新しく恋をする事に一体何の問題がある?君の恋人でも奪おうとしたのかい?そして彼女は傷付いている。君は分かっていた筈だ。傷心した人間に追い打ちを掛けて、君は自分の矮小な虚栄心を満たした。そうでもしないと彼女に勝てないから。だが実際は勝ってはいない。自らが醜くて愚かしくて下らない人間である事を僕と彼女に自己開示しているだけだ。見せられる方も迷惑だ。ごみを捨てるなら適切な場所に投棄してくれ。『廃棄物の処理及び清掃に関する法律』を知らない訳ではあるまい」
一切噛まずに一定のスピードで捲し立てる従夢に、あれだけ勢いのあった女生徒も、いっきに大人しくなった。口をわなわなと震わせて何か言おうとしたが、「僕は緋紅朱さんとお話の途中だったんだ。ごめんね?」と口角を上げる従夢の眼は笑っていない。「house」そう告げている。先程までの威勢の良さは何処へやら、彼女は肩をを落として帰って行った。
「せっかくの朝の時間を、台無しにしてしまったね」
赫乃に向き直り、優しく微笑する従夢。
赫乃が俯いた顔を上げるまで、何が起こったか理解出来ず。何にせよ、私がもっとしっかりしていれば、誰にも迷惑、かなかった、のかな……。小さな体を更に小さくさせて、びくびくしてしまう。
「僕はきみの薔薇を分けて貰う資格は無いようだ。棘があるのは、薔薇だけで充分だ。また今度にするよ」
決まり悪げに苦笑をもらす従夢を見て、赫乃は慌てて口を開く。
「そ、そんな、こと……ない、よ……ありが……とう」
ようやく何か言う事が出来た。そんな赫乃の控えめで他人思いの性格に呆れたような溜息と共に、従夢は目の前の傷ついた薔薇の少女に、少し強い口調で話を切り出す。
「緋紅朱さん、きみに来てほしい所がある」
意を決した顔。神妙な表情に赫乃もつられ、不安と緊張が体にを巡った。
「合同コンパに君も来ないかい?」
真剣な態度から想像もつかない軟派な発言。耳を疑った。
「え……ご、合コンって……そ、そ、あの、合コンだよ、ね……?で、も、私、今は、そんな、恋人、なん、て……」
今にも泣いてしまいそうな。ちっちゃな女の子。彼女を囲む薔薇たちも、一緒に泣いているような。
永遠だと思っていた。あんな悲しい想いをするのなら、もう誰かを好きになりたくない。それに、あの人以上の人なんて……。こんな臆病で弱虫の私が、恋なんてできる筈なかったんだ。もう、あんな奇蹟、二度……。
「きみは、彼を憎んでいるのか」
唐突の質問。厳しい声、赫乃は引き戻される。どうして、そんな事。そんなの、決まってる。赫乃は思いっきり、首を振った。今迄で一番はっきりとした意思表示。
「そんな、こと、ない……恨んで、なんか……」
「彼が恋するのはいけないと思う?」
赫乃は首を振った。まさか。どうして。
「ならば、きみは幸せになるべきだ」
赫乃は、従夢の顔を見た。その理由が知りたかったから。冷たいが悪意のない声、無表情に近い。だが目は強い意志を秘めていた。従夢は続ける。
「きみの悲しみは、彼を縛ることになる。きみが一歩踏み出さなければ、彼はあたらしい人生を歩めない。きみが今、誰とも恋愛する気が無いのは分かる。その先に希望を見いだせないのも。けれど、緋紅朱さん。彼の事を想うなら、きみは痛みに耐えるべきだ。きみがいつまでも悲しみに閉じ籠っていれば、彼は永遠に咎人だ。だからこう考えてみてくれ。彼のために、一歩踏み出す。きみのためじゃない。きみが本当はまだ恋人つくるなんか無くても、そういう場所に足を運ぶ姿が、彼を楽にするのじゃないだろうか?」
考えもしない事だった。彼のために……。そうだ。たしかにあの人とお別れしてしまったのは悲しい。でも、それは一番愛するひとだったから。そう、あの人の幸せ……そう考えるのなら、少しだけ、勇気が持てる。
「うん、そう……だね……。じゃあ、私、合コン、参加、させて、もうおう、かな」
こくんと、頷いて。赫乃は決心する。
「僕は勇気あるものを歓迎するよ。きみは強い人間だ。僕よりも、ずっとね……」
そう言い残し、従夢は薔薇園を後にした。
あまりにも唐突なな訪問者の背中を見送りながら、赫乃は、薔薇に願いを込める。
せっかくの機会……だし。がんばって、みるよ……。お友達、できると、いいな。
ページ9
「なんだよみっき、俺様ちゃんに隠れて合コンか?」
「へへっバレちまったか。おうよ、合コンよ。ライ兄も来んだろ?」
「あたりまえだろ!可愛い弟が合コン行くってのに俺様ちゃんもついてかねーと!みっきに変な虫がついたら困るぜ!」
軽快な口調でサングラスを持ち上げて、いつもの調子でおどける雷一。
二人は兄と弟。三夜家の悪ガキコンビ。三夜家一の自由人、悪く言えばダメ人間の雷一と、器用で美形の何でも屋の眉月。昔から出来のいい双子の兄と比べれる雷一を、小さい眉月は一番だと言いづつけ、今に至る。二人はよくつるんではナンパをしたり、夜の街に繰り出したりと、自由気ままなアウトローっぷりだった。押入れのあるこの部屋は二人の秘密基地で、昔から何でも話し合った。雷一は弱みを見せた事もあった。眉月は年の離れた雷一を追いかけて、何でも真似したがった。悪い癖は抜けない。どころか、今では眉月の方が裏の世界にどっぷりだ
胡坐を掻いた眉月は身を乗り出して、雷一にぐっと顔を寄せ、にたりと笑う。
「ライ兄と俺の間に隠し事はあっちゃならねーなあ。しっかしアレだな、俺とライ兄が揃っちまったら、他の男どもがかーいそーだな。ご愁傷様」
「だなー!そいつはしゃーねーな!俺様ちゃん罪作りだかんなー!ところで、美人のねーちゃん、来んの?」
「さーなー。俺もメンツ全員把握してるワケじゃねーからよぅ、まあ、若いのは確かだぜ。若すぎっかもだけどよぉ、ところで……ライ兄……」
ふと、キレの悪くなった眉月の語りに、おやと思った雷一。眉月の視線を辿った先は自分の左手だった。
「お?どした?みっき」
きょとんとする雷一に、眉月は呆れたように顎でしゃくり。
「そいつは外して行けよな」
いつの間にか左手の薬指の結婚指輪を撫でさすっていた雷一。無意識の行動を指摘され、思わず決まりの悪い顔。
「はは……だな。なっさけねえ。まだこんなもんにこだわってんのな」
「たりめーだ。だから外してけっつってんだよ。酔っぱらって無くしちゃ困んだろ」
眉月の言葉は本気か嘘か分からない。ただはっきりしてるのは、いつも雷一を一番に考えてるって事。雷一も何となくは分かるから、そうだな、と笑うのだ。
「んじゃみっき。軍資金貸してくれ」
「ようし、んじゃ1万貸してやる。今からどーんと増やしに行こうぜ!」
「やるか?」
言いながら、二人は腰を上げ、颯爽と部屋を出る。悪戯をする子供の顔で。
夜の街へと消えていった。
ページ10
それは、運命の出会いだった。
黒く、大きく、分厚い。人ならざる者。寝子島に現れた異端児――自称サンマさんのライバル。寝子島の非公式キャラ
黒マグロさんは、今日も今日とてあふれんばかりの寝子島愛を一方的にぶつけていた。今日は街頭でのPR活動。というか、サンマさんを打倒するためのプロパガンダである。
「街の人にマグロの素晴らしさを知ってもらおう!」島の名菓「らっぽ」とマグロを組み合わせた全く新しいお菓子を開発して街で配っていた。らっぽにマグロを乗せて配っていた。かつおのパフェもあるし、そういうのもアリだろ!
彼の情熱と反比例するように、街の人々は冷たかった。誰も見向きもしない。お昼時の商店街は、人々の活気にあふれていた。丁度お腹が減ってくる時間帯じゃないのか?ご飯
のあとのスイーツでも、スイーツの前のご飯にもなれる、万能の存在!マッポ。
足早に立ち去る人々。何故……何故なんだ……悪い想像が頭をよぎる。これがもし、もしもサンマなら……事態は変わっていたのだろうか……?サッポなら、サッポだったら今頃長打の列に、人々の感嘆の声。
頭の中のサンマが厭らしく嗤う。濁った眼球がどろりと見下す。鰓を無意味にぱたぱたと、挑発するように動かす。大きく開かれた口には真っ黒な……闇。深い深い……ヤツの腹の底。
おのれサンマめ……俺様は認めん……認めんぞぉ……!!
ぎりと、腕に力が籠る。数少ない人の形をした部分。着ぐるみから露出した鍛え上げられた筋肉を、怒りに震わせる。街ゆく人々が気味悪そうに一瞥し、何も言わずに去っていく。
「わ!マグロさんだぁ!」
朗らかな少年の声が、マグロを闇から引きずり出した。振り向くと、屈託のない笑顔を浮かべた小柄な少年。ふわふわとした軽い髪が陽の光で金色に輝く。
「どうした!?青少年!?」
身長差50㎝もあると、マグロさんはだいぶ見下ろさなければならない。この着ぐるみでは少々、やり難い。企業秘密の覗き穴からちらりと覗く。
「こんにちは!マグロさんですよね!オレ、マグロさんのファンなんです!」
……ファン!?
マグロは自分の耳を疑った。いや、マグロに耳は無いのだが。
「そうか!俺様のファンとは嬉しいな!名を聞こうか!」
ぐっと着ぐるみを持ち上げ、説男に笑みを浮かべるマグロ。
「オレ、皆口説男って言います!あの、オレ、マグロさんに来てほしい所があって、声かけました!」
「何だ!この俺様に声を掛けるとは、目の付け所が違うな!良い目をしている。まるで若い頃の俺様そっくりだ!で、どこだ?」
死んだ魚の眼でマグロは自信満々に答える。
「合コンです!」
「なるほど合コンか!どんな場所であれ、この俺様が行くからには盛り上がる事間違いなしだ!期待しててくれ!」!街一体に響く大声を出し、快く承諾の意を示すマグロ。胡散臭いものを眺める目を自分への称賛の視線と勘違いしながら、マグロは自らを高めていく。実は合コンは初めてであったが、頼まれたら断る訳にはいかない。寝子島のマスコットたる宿命である。それに困ったやつは見捨てておけない。それは黒間黒造としての誇りでもある。
合コンって何やればいいか知らんが……な~に、何とかなるだろう
サンマとは違うのだよ。サンマとは。
→p.1~10
- 最終更新:2015-09-26 15:40:01