ウタガタリ2(リアクション2)
ウタガタリ2
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馬房の一角で愛馬アンバーのたてがみを撫でながら、鎌八 まもるはぽつりとつぶやいた。
「難しいもんだな」
普段は見せないまもるの憂いが伝わったのか、決してなついているとは言いがたいアンバーが、首をわずかに震わせる。
「なんだよ、心配してくれるのか?」
アンバーは鼻を鳴らす事でそれに応えてくれた――ような気がした。
「ハハッ、ありがとうな」
そう言う彼の口調には、やはり、いつもにはない陰が射していた。
今日も馬場でアンバーに乗り、思い切り走って、けれどまもるの心の内にあるもやもやとした感情は晴れなかった。
弱ったな、今日はさすがに重症みたいだ。
馬という動物は、その巨体に反して、ひどく繊細な心を持っている。アンバーも、まもるを背に乗せていた時から、彼の異変を感じ取っていたのだろう。
まもる自身もそれに似たようなところはある。三枚目、おどけ者、タフで冗談好き。彼が普段見せているそうした顔も決して偽りではないけれど、そればかりが彼のすべてというわけでもない。もちろん彼は、普段は極力、おどけ者のままでいようとしている。ただ、人の心は張りつめたままでいる事はできない。どこかでゆるめるタイミングが必要だ。
笑わず物を言わないアンバーは、まもるにとって、笑わせる必要のないごく限られた相手だ。だからまもるは、疲れてくると、あえてへとへとになるまでアンバーに乗り続ける。そんな時だけはアンバーも、まもるの心情に応えるかのように、彼の気が済むまで走り続けてくれる。
なぜまもるは、おどけ者を演じ続けるのか。大切な人の、笑顔のために。けれど、彼は誰にもそれを伝えようとしない。まして本人には、なおさらに。
もしもアンバーが、会話をしたり笑ったりする事ができるようになったなら、まもるはアンバーの前でも、おどけ者に演じるようになるのだろうか。この島は何かが起きる島。いつの日かそうなる可能性は、決してゼロではない。
「なあ、アンバー」
まもるは愛馬に優しく声をかける。
「オレの都合で乗り回しちまって、悪いな。でも、この時間だけは、オレに付き合ってくれないか」
アンバーは肯定も否定も示さず、ただまもるに首をすり寄せてきた。
それだけで、充分だった。
「ありがとよ」
たはは、道化師の涙なんて陳腐なモノ、オレのパンチェッタなウィンクには似合わないってのにな。
イメージソング:時代錯誤『幸運序曲』
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- 最終更新:2017-05-27 00:47:10